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特別寄稿 誰にも優しい社会をどう創るか~ 日本と欧米の福祉から考える

毎日新聞論説委員 野沢和弘

北欧から始まったノーマライゼーション

日本は障害のある人にとって優しい社会だろうか。東京など都市部の駅ではエレベーターの設置が進み、障害者の雇用率も伸びている。しかし、アメリカやヨーロッパの街で障害者への温かい視線や自然でさりげない助けを見かけると、考えてしまう。
グループホーム建設を周辺住民から反対される、障害を理由にプールの利用を断られる、差別的な言葉を投げつけられる……。そんなことが日本にはまだまだある。
アメリカで障害者差別禁止法(ADA)が成立したのは1990年のことである。どの国でもそうだが、工業化が進み都市に人口が集まるにつれて、経済的な発展に直接貢献できないと目された障害者は、地方の施設に隔離収容されるようになった。
障害があっても隔離された場所での集団生活ではなく、住み慣れた街で普通の生活をしようじゃないかという「ノーマライゼーション」が北欧から始まり、アメリカでは施設内での集団生活が人権侵害ではないかという「施設解体訴訟」が起こされるようになった。そうした歴史を背景にADAは生まれた。

5月20日シアトルで行われたセミナー「グローバル経済と社会保障~日 本と欧米の課題と可能性について~」で講演中の筆者
5月20日シアトルで行われたセミナーグローバル経済と社会保障~日本と欧米の課題と可能性について~で講演中の筆者

先進国に広がった障害者差別禁止法(ADA)

ADAの衝撃は先進諸国に広がっていく。2000年に日本弁護士連合会が各国の状況を調査したところ、すでに40カ国以上で障害者の差別をなくす法整備がされていた。ところが、この中にはフランス、韓国、日本という主要国が抜け落ちていた。フランスと韓国はそれから間もなくして立法措置をし、日本だけが取り残されていた。
こうした差別禁止法制定の流れは国連にも押し寄せることになる。2006年に国連障害者権利条約が採択され、10年間に130を超える国と地域で批准された。日本の批准は最も遅い方で、2014年のことだ。ちなみにアメリカはまだ批准に至っていない。上下院の事情によるものだと言われている。
いずれにしても、政治体制や宗教や経済水準にかかわらず障害者差別は各国共通の課題であることがわかるだろう。違うのは、差別の存在を認め取り組んでいる国なのか否かという点だ。

合理的配慮とは

遅れていた日本だが、障害者差別解消法が2016年4月から施行された。直接的な差別だけでなく「合理的配慮」義務も盛り込まれたところに大きな意義がある。
表面上、障害者を一般の人と区別して不利に扱わないというだけでは、真の平等にならない場合が多い。車いすの学生が一般の学生と分け隔てなく入学を認められても、校舎にエレベーターがなければ、2階以上の教室から閉め出されているのと同じだ。市役所の窓口で目や耳の不自由な人が手話通訳や点訳の資料なしで説明されても、十分に理解できないことが多いだろう。
こうした場合に学校や行政に対して過重な負担にならない範囲で、エレベーター設置や補助的な情報手段を求めることができる。これが合理的配慮だ。同時に施行される改正障害者雇用促進法でも合理的配慮が企業に義務づけられた。

障害者に優しい社会は一般の人にも住みやすい

塩素濃度に過敏で学校の水道水を飲めない、黒板の文字がゆがんで読み取れない、などの特性を持つ発達障害の子がいる。自宅から水筒を持参することや、文字のゆがみを修正するパソコンソフトの利用を求めたところ、学校から「1人だけ特別扱いできない」と許可されない。そんなトラブルが各地で起きている。
視力の弱い子には眼鏡やコンタクトレンズ、食物アレルギーのある子には特別食が認められるように、見た目で障害がわかりにくい子にも合理的配慮は必要なのだ。
仕事や生活に不自由な思いをしている障害者に配慮する文化を育てると、一般の人へも恩恵が広がる可能性がある。車いす用トイレが多目的トイレに進化し、多くの人が便利になった。知的障害者へのわかりやすい説明は、外国人観光客にも優しさを感じてもらえるはずである。
みんなと同じでなければいけないという「同調圧力」が強いのが日本社会の特徴だ。規則に縛られた学校は特に個性を認めない文化が根強い。少しでもほかの子と違うと仲間はずれにされたり、いじめの標的にされ、感性の豊かな子どもに息苦しい思いをさせてきたのは否めない。
ひとりひとりの違いを認め合い、多様性や包容力のある社会をもたらすことが、国連障害者権利条約や障害者差別解消法の目指すところである。すべての人に優しい社会にしなければならないだろう。

筆者プロフィール:野沢和弘

1959年静岡県出身。早稲田大学法学部卒業。毎日新聞社入社。津支局、中部報道部、東京社会部。薬害エイズ取材班、児童虐待取材班などを担当。科学環境部副部長、社会部副部長、2007年5月から夕刊編集部長を経て2009年4月から現職。元千葉県障害者差別をなくす研究会座長、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府障害者制度改革推進会議差別禁止部会委員、厚労省今後の精神保健のあり方検討会委員などの他、権利擁護と成年後見の情報誌「Pand-J」編集長及びNPO法人 PandA-Jの理事を務める。

筆者の著書「あの夜、君が泣いたわけ」
筆者の著書「あの夜、君が泣いたわけ」
筆者の著書 「条例のある街」
筆者の著書「条例のある街」