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カナダ出身の落語家、桂三輝( かつら・サンシャイン) さん

日本の伝統芸能「落語」を世界中の人に届けたい

カナダ出身の落語家、桂三輝(サンシャイン)さん。英語を使ったユニークなオリジナル落語で、日本国内はもとより世界を舞台に活躍している。NHKワールドTVの人気番組『Dive into UKIYO-E』の公開収録のためシアトルを訪れた桂さんに話を聞いた。

取材・文:小村侑子

落語をするために生まれてきた

もともとはカナダのトロント大学で古典ギリシャの喜劇を専攻し、劇作家をしていました。当時読んだある論文に、古典ギリシャの喜劇と悲劇、日本の能楽と歌舞伎に色んな共通点があると書かれていた。それで興味を持って日本に来ました。日本に住んで5年くらい経った頃、いつも通っていた焼き鳥屋さんで若手の落語会があったんですね。その時に初めて落語を見て、衝撃を受けました。「自分はこれをやるために生まれてきたんだ!」って。

落語ってよくできている芸なんです。ものすごく日本らしくて、なおかつ万国共通。たとえ日本文化をよく知らない人であっても自然に楽しめるんです。序盤は「マクラ」と呼ばれていて、オリジナルのネタでギャグを言ったり、時事ネタや自分の経験を喋って、観客を舞台の世界に引き込む。そしてだんだん話のテーマに迫っていって、本題の芝居に入って最後にオチがある。素晴らしかったですよ、こんなに完成された芸は世界中どこにもない。一目惚れみたいなものでした。

修行は人生で一番やってよかったこと

たまたま行った上方落語の桂文枝師匠(当時は桂三枝)の独演会で、師匠の創作落語に惚れ込んで、この人のもとで勉強したいと思いました。「師匠、弟子にしてください!」とお願いしてから、正式に弟子として取っていただくまでには8カ月かかりましたね。それは師匠の優しさで、私が本気かどうか試していたんです。修行は簡単なものじゃないから。3年間休みなしで、毎日師匠の家に行って掃除洗濯、鞄持ちです。修行中はよく失敗して叱られました。掃除した後にホコリが残っているとか、師匠の本を楽屋に忘れたとか、言葉遣いとか、小さなことでも師匠はすごく厳しかった。叱られるとすごく落ち込みます。師匠に恩返しできてないっていう気持ちになる。修行期間は全然楽しくなかったですよ(笑)。楽しくないけどものすごく学びました。人生の中で一番やってよかったと思えることですね。

大変なことなんてない、人より時間がかかるだけ

落語を学ぶ上で大変だったことって、特に思いつかないですね。もちろん私は日本語が母国語じゃないから、ひとつの台本を覚えるのにびっくりするほど時間がかかります。でも大変とはちょっと違うかな。話のネタを何百個も持ってるのがウリという噺家もいれば、持ちネタはたった5つだけどそれが大爆笑という人もいます。 みんなそれぞれ違って、私は時間がかかるというだけの話です。師匠はもっとたくさん覚えろなんて言わないですしね。師匠が厳しく言うのはマクラ。本題のストーリーは師匠から学びますけど、マクラは絶対に他の人と同じ話をするな、というのが師匠の教えです。「お前のクリエイティビティはマクラの部分にしか出ない。ここを自分でやらないなら何のために舞台に上がってるんだ」って。私も劇作家だから自分で作るのは当然だと思うし、大賛成です。師匠の弟子で本当によかったと思います。

ネタ作りのコツは師匠から学んだ

最初に自分でネタを作った時は、どすべりしました。誰も笑ってくれなくて、仕事間違えたって思った(笑)。でもずっと師匠のそばにいるとネタ作りのテクニックを学びます。「ネタを作らなければいけない」と思ってしまったら間違いなんですね。ある時、師匠が今みたいに取材を受けていて、天然ボケの記者さんがちょっとまずいことを言っちゃったんです。だけど師匠はそこで怒るんじゃなくて、「おもろいな!」って。次の日に師匠はさっそく舞台でそのことをネタにして喋りました。9割は実際に記者さんと話していた内容で、少しだけ捻りを入れる。するとドッカーンって笑いが取れるんですよ。ネタはゼロから考えようとしても無理です。材料は色んなところにあるから、常にアンテナを張っておくんです。

お客様の目を見て伝えるのが落語家の仕事

私は敬語辞書を買って日本語を勉強していました。その辞書には感謝の言葉が、それはもうたくさん載っています。日本語にはなんと47個も感謝の言葉があるんですよ。ありがとう、どうもありがとう、どうもありがとうございます。長くなるほど丁寧になるのだと気付きました。じゃあどこまで長くなるんだろう? もっとも丁寧な言い方は「なんと感謝申し上げて良いやら言葉もございません」、47個もあるのに言葉がないのが一番丁寧ってどないすんねん(笑)。反対に下の方に行くと、どうも、すいません、すまん、ごめん、悪い。悪いってBadでしょ、どうしてBadが感謝の言葉なの。さらに下にもうひとつある。47個の感謝の言葉の中でもっとも失礼に近い言葉は「サンキュー」。なんで英語が一番下なの、っていう。

このネタはかれこれ5年やってますけど、その辞書は今も家にあります。初めて辞書のリストを見た瞬間に、これは絶対ネタになると思いました。でもちゃんとしたネタにするまでには1年かかった。兄弟子にネタを見せて相談して、最後は師匠が直してくれてやっと完成しました。

ネタを作るにあたって一番大切なのは、話の持って行き方。AだからB、BだからC、CだからE。Eでドカーンと笑いが来るけど、もしCでお客さんが内容を理解していなかったら、その後は話についていけなくなってしまう。落語家は演じてる最中もずっとお客様の目を見て確認するんです。Cを理解していないのが分かったら、もう1回繰り返す。なんとかしてお客様の注意を引っ張り続けないといけない。お客様の反応によって毎回パフォーマンスを変えます。それが落語家の仕事です。

サンシャインの英語が大阪弁に聞こえた

私の英語落語は、基本的には元の日本語をそのまま直訳するだけ。ネタの内容を海外の文化に合わせて脚色したりしません。でもひとつだけ気をつけていることがあります。これは言語的な話になりますけど、私は上方落語をやっていますよね。大阪弁って聞くだけで面白いでしょう。「お前何を抜かしてけつかんねん」とか。英語にする時に、どうやってこの雰囲気を伝えるかが大きな問題です。選択肢のひとつは英語の方言を使うこと。たとえばスコットランドのなまりは結構面白い。音楽みたいで大阪弁と少し似ています。じゃあ着物を着てスコットランドなまりの英語で落語をする? そうなるとお客様はこれが日本の話かスコットランドの話か混乱してしまいます。つまりこの方法はダメ。極端に言うと、私のカナダ英語もダメということです。言葉のイメージが邪魔をして、お客様が本来の世界観に入り込めません。

だから私が英語落語をする時は、教科書的な英語を使います。ちょっとかたい英語ですね。can’tでなくcannotと言うとか。スラングも一切使いません。口語としては少し不自然なんですけど、これが何のバイアスもかかっていない、無国籍な英語なんです。言葉の特徴を全部消して、ゼロにしなければいけない。絵にたとえると真っ白なキャンバスです。それを言葉ではなく雰囲気だけで本来の色に染めていく。これが本当に大事な発見で、実践までには何年もかかりました。苦労して苦労して、やっとです。「サンシャインの落語は英語なのに大阪弁に聞こえた」ってお客様に言われるのが一番の褒め言葉ですね。

夢はロンドン、ニューヨーク。
NHKワールドTVで落語を世界へ

これからの目標がふたつあります。ひとつはもうすぐ実現しそうで、来年ロンドンのウエスト・エンドの劇場で3週間のロングラン公演をします。9 月5 日から24 日まで。それに向けて今ロンドンに住んでいます。ロンドンの人たちはすごいですよ。シェークスピアの街っていうのかな、生の舞台を観るのに慣れています。私の落語を初めて観たお客様が言うんです。「前半はスタンドアップコメディーのような会話形式のコメディーで、後半はひとり芝居。ふたつの独特な世界がひとつの芸で味わえるのは夢の世界に入ったみたいだ」って。これは私自身が初めて落語を観た時に感じたのと同じことです。皆さん落語のことなんて全然知らないのに、ちゃんと理解してくださっている。これから1年かけて、私のロンドンでの知名度をもっと上げていきます。その後はニューヨークのオフ・ブロードウェイで演じたいですね。

もうひとつの目標は、NHKワールドTVのトップスターになること。今はまだミドルスターだから、これからトップスターになります。そのためには番組をあと3つは持たないとね(笑)。

⭐️サンシャインさんがソイソース読者にメッセージをくれました!⭐️


浮世絵の世界を探る『Dive into UKIYO-E』

『Dive into UKIYO-E』は桂サンシャインさんがパーソナリティを務めるNHKワールドTVの人気番組。江戸時代の絵画「浮世絵」を、同じく江戸時代の芸能「落語」を通して解説する。これまで日本国内、ニューヨーク、ワシントンD.C.、そして今年の11月1日と2日にシアトルのワシントン大学で公開収録を実施した。収録は落語公演のスタイルで行われ、桂さん演じる「甚平さん」と「ボビーくん」のふたりが、歌川広重の『東海道五十三次』など著名な作品に隠されたミステリーを追っていく。

教育的な内容でありながらも、笑いを織り交ぜた軽快なストーリーテリングは観る人を飽きさせない。気がつけば英語であることをすっかり忘れて物語の世界に没頭してしまう。まさしく桂さんの言う通り、落語は万国共通なのだと実感させられた。
公開収録のため、公演中に何度か長い待ち時間が生じた。桂さんは当然舞台裏で休むのかと思いきや「じゃあここでちょっと小噺をしますね」と言って、誰に頼まれるでもなくネタを披露し始めたのだ。会場は待ってましたと大喜び。大爆笑の渦。つねに観客のアテンションに注意を払い、かたときも退屈させまいという桂さんの徹底したプロ意識が感じられた。

NHKワールドTVはテレビ、アプリ、ウェブサイトでのオンデマンド放送のいずれかで視聴可能。ワシントン大学で収録した6話分の放送日程は以下の通り。お見逃しなく!

12/25(日) “Warding off Bad Luck” 8:10PM / 8:10AM(+1day) / 2:10PM(+1day)
12/26(月) “Sticky Potatoes” 8:10PM / 8:10AM(+1day) / 2:10PM(+1day)
12/27(火) “A Turtle is Ten Thousand Years” 8:10PM / 8:10AM(+1day) / 2:10PM(+1day)
12/28(水) “Rain Keep Falling” 8:10PM / 8:10AM(+1day) / 2:10PM(+1day)
12/29(木) “Chrysanthemums” 8:10PM / 8:10AM(+1day) / 2:10PM(+1day)
1/1(日) “Fireworks” 8:10PM / 8:10AM(+1day) / 2:10PM(+1day)

桂三輝(サンシャイン)
■カナダのトロント生まれ。落語家・劇作家・作曲家。トロント大学で古典演劇を学んだのち、大阪芸術大学の舞台芸術研究科修士課程を卒業。自身のミュージカル作品『Clouds』はトロントの劇場で15ヵ月間のロングランを記録。2008年に上方落語界の重鎮、桂三枝(現:六代桂文枝)氏に弟子入り。上方落語界初、戦後日本初の外国人落語家として話題になる。シンガポール公演、スリランカ公演、北米ツアー、ワールドツアーなど世界各地で公演を行っている。

編集・ライター。ワシントン大学のビジネスクラスを履修中、インターンで入ったソイソース編集部にそのまま入社。2017年編集長を務める。現在は日本で小鳥ライターとして活動中。ライフワークは「人の話を聞く」こと。コトリ2羽とニンゲンのさんにん暮らし。 Twitter/Instagram @torikomura