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『The Sun Gods』の著者ジェイ・ルービン氏

ハーバード大学名誉教授で村上春樹著作の翻訳者として知られるジェイ・ルービン氏が、このほど処女小説を出版した。激動の第二次大戦前夜から戦後の日米を舞台に展開する、感動とサスペンスに満ちた物語だ。本書を書いた動機、また村上春樹作品との出会いなどについて、話を聞いた。 インタビュー・撮影:越宮照代 IMG_0019-e1439757254108

日系人強制収容所の事実を知る

私が第二次大戦中の日系人強制収容所のことを知ったのは、シカゴ大学の大学院生の時です。日本文学研究者のエドウィン・マクレラン教授のもとで勉強していたのですが、ある日教授から「日系人強制収容所のことはもちろん知っているだろう?」と聞かれて、全く何のことかわからなかった。そこで初めて、大勢の人々が強制的に過酷な環境に閉じ込められたことを知って、強いショックと非常な憤りを感じました。何の法的な根拠もなしに、憲法で保証されているはずの人権を無視して大勢の人を閉じ込めて、さらには原爆を落として、しかもその事に対してアメリカ政府は何の裁きも受けていないということに怒りを感じました。それがこの本を書いた主な動機になっています。 ただ、実際に書こうと思ったのは、それからずっと後、1975年にワシントン大学で日本文学を教えるためシアトルに引っ越してきてからです。この地域(パシフィック・ノースウエスト)の強制収容所への認識は、東海岸とはまるで違っていました。特にシアトルではミニドカ収容所がよく知られていますね。私の子どもたちのピアノの先生などもミニドカの強制収容体験者でした。実際の体験者に会う機会ができ、話を聞くようになって、それまでとは違った収容所の捉え方をするようになったことから本を書こうと思うようになったのです。 妻とふたりで1985年から2年かけて書き上げたんですが、当時はどの出版社も興味を示さず、そのうち村上春樹作品の翻訳をするようになって、本のことは忘れていました。終戦50年とか60年とか、そういう節目に時々思い出したんですがいつも少し遅すぎた(笑)。今年は終戦70年ということもあって、シアトルのチン・ミュージック・プレス(Chin Music Press)に送ったら、気に入ってくれて、それで出版することになったんです。私が村上春樹の翻訳者ということで知名度が上がっていたことも助けになったかもしれません。 Screen-shot-2015-07-24-at-4.43.50-PM-e1439757309972-206x300

村上春樹作品との出会い

最初に村上春樹を知ったのは、1989年です。アメリカの出版社から『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んで感想を聞かせて欲しいという依頼があった。そこで始めて村上さんの本を読んだのです。それまで私が研究していたのは田山花袋とか国木田独歩とか徳田秋声とか、いわゆる「自然主義文学」と呼ばれる、灰色で陰鬱で写実的なものが多かった。しかし村上作品は全く違いました。カラフルでライブリーでクレイジー。「一角獣」だの「夢」だの、いろんな色が漂っている、それまでに出会ったことのない世界でびっくりしました。すごくいいと思ったんです。それで出版社には、ぜひ翻訳して出版するように助言して、誰も翻訳しないなら自分が訳したいとまで言ったのですが、結果的にその出版社は見送ってしまい、その翌年にアルフレッド・バーンバウム(Alfred Birnbaum)訳で他社から出版されました。バーンバウムはその他にも何冊か村上作品を訳しており、アメリカで一躍村上を知らしめた『羊をめぐる冒険』もそのひとつです。 私は特に村上の短編が好きで、何とか彼の作品を翻訳したいと思って、「あなたの作品の『象の消滅』と『パン屋再襲撃』を翻訳させて欲しい」と本人に手紙で依頼したら承諾を得られたんです。その後、『ねじまき鳥クロニクル』『ノルウェイの森』『アフターダーク』『1Q84』を訳し、短編はもう数えきれないほど訳しています。

キャラクターが一人歩きする

これまでに翻訳以外にも日本文学研究の本や日本語についての自分の本も何冊か出していますが、小説は今回が始めてです。 ーー主人公はアメリカ人青年ビルと、日本人女性光子。日本での不幸な結婚の傷を癒すために光子は、シアトルに移民した姉夫婦の元を訪れていた。ある日光子は、日系人向けの教会で牧師のトムと知り合う。トムには死に別れた妻との間に2才の息子ビルがいた。以前の結婚で子を亡くしていた光子はビルに愛情をそそぐことで癒しを得、やがてトムと光子は結婚する。光子は、朝起きると太陽を拝むのが習慣だった。日の光に手を合わせる光子を見て、「キリストに対する冒涜だ」と怒るトム……。やがて、第二次世界大戦が始まり、米国内の反日感情が高まるにつれ、トムの光子への心も日本人信者への気持ちも離れて行くーー メインキャラクターはフィクションですが、物語の中のイベントは実際に起こったことがほとんどです。たとえば光子が、ベインブリッジ島から強制収容所に送り出される日系人を見届けるシーンがありますが、当時の『シアトル・デイリー・タイムス』の記事を基にしています。日本人が暴動を起こすだろうと予想されていたのに、実際にはみんな黙々と列車に乗り込んだ様子が報道されている。強制収容所内での悲惨な出来事の数々は、ミニドカ強制収容所内で発行されていた新聞『ミネドカ イリゲータ』を参考にしており、自分で読んでいても涙が出そうになってしまいます。 本の一番の目的は、アメリカ政府のひどい行いを広く知らしめたかったということですが、ただ歴史的事実としてそのまま伝えるのではなく、読む人の心に訴えるものにしたかった。アメリカ国家に対して抱いてた国民の理想を政府が裏切ったことに対する嫌悪感、クリスチャンの理想を説きながらそれに反する行為を行った偽善的なキリスト教社会に対する嫌悪感、そうしたものも含めたかった。かと言って深刻な話ばかりではなく、コミカルな部分や、ミステリーの要素も少しありますから、エンターテインメントとしても楽しんでもらえるのではと思います。 ビルの体験は私自身のそれに重なっていますが、その他のキャラクターを作るのは大変でした。よく小説家が「書いているうちにキャラクターが一人歩きする」って言いますよね。私はそんなの信じていなかったのです。でも実際に、光子が勝手に動き始めたのには驚きました。パールハーバー襲撃から光子はどんどん強くなっていきます。「なんて強い女なんだ、光子は!」と声に出したのを覚えています。

日本語版について

7月31日に新潮社から日本語訳が、『日々の光』というタイトルで発行されます。翻訳は柴田元幸さんと平塚隼介さんです。私が以前書いた『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽(原題:Haruki Murakami and the Music of Words)』新潮社(編注:村上春樹をもっと読みたくなる本)の日本語版が畔柳(くろやなぎ)和代さんの翻訳で出ているのですが、読んだ人は内容のことではなくて翻訳がいいとほめてくれる(笑)。それはともかく、畔柳さんは柴田さんの弟子に当たる人なので、『The Sun Gods』も訳してもらえるかもしれないと思って、まず先生である柴田さんに原稿を送ったんです。そうしたら柴田さんが、「面白いから自分が訳す」と言ってくれて驚きました。日本ではとても重要な人物ですからね。彼は村上さんを通じての長い間の知り合いで友人です。だけど、私の本を自ら訳してくれるとは思いもよりませんでした。「夢が現実になった」というよりも、「夢にも思わなかったことが実現した」という気持ちですね。 (インタビューは6月25日、ジェイ・ルービン氏の自宅で行われた)

『THE SUN GODS』(邦題『日々の光』) 日系人収容所で生き別れた「母と子」の、愛と苦悩の運命――戦後70年、日米両国で注目の長編! 忘れえぬ「母」の記憶を抱いて日本へ――戦争で引き裂かれ、数奇な運命に翻弄される主人公ビル・モートンと「母」光子の愛と苦難に満ちた人生が、戦前のシアトル、戦時下のアイダホ州ミニドカ日系人収容所、昭和30年代の東京・九州を舞台に交錯する。村上春樹作品の英訳で知られる日本文学研究者の渾身の長編小説!

 

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プロフィール:ジェイ・ルービン(Jay Rubin)

1941年ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学名誉教授、翻訳家。シカゴ大学で博士課程修了ののち、ワシントン大学教授、ハーバード大学教授を歴任。芥川龍之介、夏目漱石など日本を代表する作品の翻訳多数。特に村上春樹作品の翻訳家として世界的に知られる。著書に、『Injurious to Public Morals:Writers and the Meiji State』(『風俗壊乱:明治国家と文芸の検閲』世織書房)、『Haruki Murakami and the Music of Words』(『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』新潮社)、編著『Rashōmon and Seventeen Other Stories』(『芥川龍之介短篇集』(新潮社))等がある。英訳書に、夏目漱石『三四郎』『坑夫』、村上春樹『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『神の子どもたちはみな踊る』『アフターダーク』『1Q84』『小沢征爾さんと、音楽について話をする』など。